2019年8月 壱岐採集行 前書き
6月中旬、友人からの数か月振りの連絡だった。長い付き合いである。シーズンインしたのに音沙汰がない、これは嗾けないとまずい。そう判断されたのだろう。結論としてはその通りであった。
2019年、私に夏があったのは彼のおかげだ。この年は例年以上に腰が重かった。連絡からたっぷり10日ほど気持ちをアイドリングし、6月末ようやく近場のポイントに足を運んだ。成果は8キロ歩いて54mmの中大歯1頭、私の意欲は霧散した。
そもそもである。私は2018年の伊豆大島単独行を経て、来年こそは壱岐に行くと息巻いていたのだ。それが前述の有り様で友人も閉口したに違いない。
壱岐といえば現ギネスの77㎜という途方もない個体が得られている場所だ。これも友人がノコギリクワガタに熱を帯び始めた際に教えてもらった。2017年、彼の伊豆大島遠征に同行させてもらった頃だと思う。記憶が曖昧だが遠征中の事だったかも知れない。
脳内情報が更新されておらず本土ノコ=74mmであった為、その大きさにも驚いた。しかし彼が情熱的に語り、私が衝撃を受けたのは壱岐の形とも呼べるだろう大あごの形状だった。
里山不毛地帯で生まれ育った当時の憧れ、いわゆる水牛型は”くの字型”に、内側へ湾曲した大あごが特徴だ。個人的には大あごがグッと屈曲しているような個体が至高だと思っていた。
しかしその本に載っている個体は、くの字に曲がったその後、大あご先端が外側に向けてうねりながら、前方へスラリと伸びていた。壱岐産の内歯は本州産と比べると先端に位置することもあり、大あごの長さが強調された姿は非常に魅力的だった。
7月に入り、容赦なく遠征報告が届く。彼の目標は常に高く、力及ばず喘ぎながらも理想の湾曲を求める姿に感じるものがあった。このままでは終われない。私は少しずつ遠征計画を練り始めた。
やはり友人もまだ訪れていない壱岐で、漆黒の円弧に対抗するしかない。「ここは俺がやってやる」そういう気概である。
この思念が届いたのかその週友人から「君が実は…と特大アマミノコを見せびらかしてくる光景が脳内に浮かんだ」と言われた際にはさすがに苦笑した。実際に私が選んだ島は奄美ではなく壱岐島だったのだが、そう簡単には出し抜かせてはもらえないようだ。
博多発のフェリーを予約したその時、私は病室にいた。7月中旬、親知らずを一気に4本抜いたのだ。2泊3日だった。例年以上に腰が重かった原因だ。
全身麻酔にもかかわらず、途中ふわりと意識が戻り「全然抜けない!(怒)」と力いっぱい親知らずを砕き抉り取らんとする医師の声と、その動きに合わせて口内から響く轟音は今もまだ鮮明だ。
次に覚醒した時はすでに病室で、終わってみると大したことはなかったが正直、事が済むまでの数か月は戦々恐々としていてクワガタどころではなかった。
抜歯後も1ヶ月間は腫れや化膿に怯えていたが、傷口も閉じた8月中旬、私は無事に真夏を迎えることになった。